TOP Caligula -カリギュラ- Caligula -カリギュラ-【第11話 人は常に正解を求める。だが、正しければ本当にそれでいいのか?】感想
2018年06月18日

Caligula -カリギュラ-【第11話 人は常に正解を求める。だが、正しければ本当にそれでいいのか?】感想

第11話 人は常に正解を求める。だが、正しければ本当にそれでいいのか? 

現実世界で目を覚ますひとりの男。テレビでは突然意識を失ってしまうアストラルシンドロームについてのニュースが流れている。この謎の病気の共通点は、μ…?

とうとう物語の真実にふれる回です。なんかやっぱりこうなっちゃったか、という感じで…。

ここからネタバレありの感想です。




目を覚ましたのは、主人公(メビウスの中の律)ではなくて“橘慎吾”で、だとしたら律はどこに?と不思議に思っていたんですが…。後をつけてきていたのは、律じゃなくて橘を恨んでいる(アストラルシンドロームの患者の関係者かな…?)誰かですよね。道路に突き飛ばしたときは焦りました。まさかこの人を殺すために律は現実に帰ってきたの?って思ったので。律の方が先にオフィスにいたので違いましたね。

7話で、μと話をしていたときに、どうも律が他のユーザーとは違う、何か根本的なことを知っている風だったのでおかしいなーと思ったんですが、やっぱり律は開発スタッフだったんですね。それがどうしてメビウスに呼ばれたのかがわからなかったんですが、現実で周りと上手くいかなくてどうしようもなくて、自ら望んで行ったんですね…。まさかここまでとは…。

確かにあんなに人と関わるのを怖がっていると、いろいろ生きづらいかもしれません。律の上司の“橘慎吾”は、明るくて才能もあって人望もあって、律からはキラキラして見えたんでしょう。自分の悩みのループから抜け出したくてカウセリングに行っても、どんな人でも悩みはある、そう言われてしまいます。確かにそのとおりなんですが、他人にも悩みがあるからと言ってそれが自分の悩みを受け入れたり解決とする理由にはならないです。余計に辛くなってしまう律の気持ちもわからないではないな…と思いました。

律も幸せになりたくて、悩んで悩んで、自分もメビウスに呼ばれるのを待っていた。でもいくら待っても自分の番が来ない……。仕方なく、自分の記憶を消して、(憧れていた)橘慎吾になってメビウスへ入っていった…というオチでした。橘慎吾になったというのは律以外には重要なことじゃなくて、きっと律のままだとメビウスへ入れない理由がある、ということかな?

結局、メビウスには作り物の幸せしかなくて、これは間違っていると律が気がついて、プログラムを修正するために現実に戻ってきていました。えー、やっぱり一人でドアを開けて現実に戻ってきちゃってたのか。あの時、帰宅部のみんなも帰すわけにはいかなかったのかな…。この後起こるだろう楽士たちとのバトルを思えば、帰宅部が帰ってしまっていたら物語の展開上は困るけど、ウィキッドにひどい目に合わされてる帰宅部を思うととてもかわいそう。

帰宅部といえば、律がいなくなってから鍵介が大活躍じゃないですか。鍵介もアリアなしでカタルシス・エフェクト覚醒してましたね。そういえば覚醒してなかったな、って、とっくに鍵介も闘っている気がしていたんですが、帰宅部に入ったばかりでしたね。ウィキッドほんとに怖かったけど…。ソーンも気になります。笙悟が「お前誰だ?」と言ってたのを見ると、本物の“一凛(いちか)”ではないんですね。死んだ人間がどうやってメビウスに来れたのか〜という謎はこれで解けましたが(死んでない)一体誰なの?

そして今度はメビウスを壊すためにメビウスへ戻っていく律ですが…。
そういえば、μは律たちが作ったのはわかったけど、アリアは誰が作ったんだろう。





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posted by 白黒ウサギ at 04:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | Caligula -カリギュラ-
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